「大丈夫です」しか言えなかった。でも…

「大丈夫です」
いつも
そう答えてしまう。

 

本当は余裕がなくても
無理をしていても

 

頼まれると
断れない。

 

嫌われたくなかった。

必要とされることで

自分には居場所がある。

そう感じていたかった。

 

小さな頃から
少しずつ積み重なっていった
そんな想い

 

気づいたら
自分のことより

周りのことを
先に考えるようになっていった。

 

だから

本当はしんどくても

大丈夫です

と言ってしまう。

それは

たぶん

自分を守るためだった。

 

そうやって

ずっと
生きてきた。

いろんなことを
ひとりで抱え込んでしまい

「もう、
だめかもしれない」

そう感じたことがありました。

 

それまでの私は

苦しくても
疲れていても

「大丈夫です」

と言い続けていました。

 

でも本当は
全然
大丈夫じゃなかった。

 

苦しかった

寂しかった

誰かに
助けてほしかった

 

でも

そんな気持ちを
人に見せることが
できませんでした。

 

がっかりする姿を
見たくなかった。

なんでも応えられる
自分でいようとしていた。

頼られる自分で
いなきゃいけない気がしていた。

支えられるより
支える側で
いようとしていたから。

 

そんな私が
ゆっくり変わっていったのは

弱い自分を
隠さなくてもいい

そう思える場所に
やっと
出逢えたから。

 

「大丈夫じゃなくてもいい」

そう感じられる時間が

増えていったんです。

 

無理に頑張らなくてもいい

支えられてもいい

自分を隠さなくてもいい

 

そう思えた時

閉じ込めていた気持ちに

少しずつ
気づけるようになりました。

今でも
うまく人に頼れるわけではありません。

「大丈夫です」と
頑張りすぎてしまうこともあります。

それでも

以前より

苦しい

しんどい

といった素直な気持ちを

ことばにできるようになってきました。

自分は本当はどうしたいのか

そんな想いにも

少しずつ

耳を向けられるように

なってきました。

誰かのためではなく

自分が本当に進みたい方向へ

自分の足で

少しずつ歩き始めている。

そんな感覚があります。

長い間嫌いだった

自分自身のことを

以前より

ありのまま受け止められる時間

増えてきました。

 

少しずつ

安心感

未来へ穏やかに広がっていく

希望のようなものを

感じられるようになってきた。

そんな気がしています。

もし今

大丈夫です

そう言いながら

ひとりで我慢しながら

頑張り続けているなら。

 

あなたもずっと

自分を守るために

頑張ってきたのかもしれません。

 

本当は

苦しかった

寂しかった

 

誰かに

「もう、
頑張らなくていい」

そう言って

支えてほしかった。

 

そんな気持ちがあっても

いいのだと思います。

 

心の本音は

無理に探そうとしなくても

安心できる場所の中で

少しずつ

見えてくることがあります。 

 

「本当は、こうしたかった」

「本当は、苦しかった」

そんな声に

少しずつ

気づけるようになった時

人は

誰かの期待ではなく

自分自身の気持ちを
大切にしながら

歩いていけるようになるのかもしれません。

 

ずっと

見ないようにしていた気持ちが

本当は

あるのかもしれません。

 

焦らなくても大丈夫です。

安心できる場所の中で

少しずつ

あなた自身の歩きたい方向が

見えてくることがあります。